色々なサイトでコラム的な物を読んでいると、そのほとんどに数字が出ている。
何か記事を書く時、そこになにかしらの数字が載っていると説得力が出る。だから多くの記事に色々な数字が載っているのだと思う。そして、読んでいる僕たちは「なるほどなぁ」と思う。今はそう考える人が多いんだと。
でも、ちょっと気をつけなければいけないことがある。それは数字の信憑性だ。
例えとしては極端な話になってしまうけれど、
【「あなたは不倫に対して許せますか、許せませんか」をいう質問に対して100人にメールを送って調査をしました。そしたら80%の人から「許せません」という得ることができました。日本ではまだまだ不倫は許容されていません。】
と、数字を示して結論づける。それを読んでどう思うか。
・言ってる通り日本ではまだ許されないんだ。
・10人のうち2人はOKなんだ。
・思ったより少ないな。
・俺は少数はかぁ。
80%という数字に対する受け止め方は様々だ。
でも、僕は80%なんて数字はちっとも信じない。
まず、どんな年齢層で構成されているか。50代、40代、30代、20代、10代と当然結果は違ってくる。70代だったら1%以下の数字になるんじゃないかと思うし、30代だったらもっと違った数字になると思う。ギッタギタの中年である40代などは、どんな数字になるのか楽しみだ。
次に、どの地域に暮らしているかでも数字に違いが出てくると思う。関東と関西では違うだろうし都市部と田舎でも違いが出ると思う。
既婚者なのか独身者なのか、子どもがいるのかいないのか、結婚の経験はあるのかないのか、セックスの経験があるのかないのか。不倫の経験が実際にあるのかないのか。
答える人の集団によって結果は大きく変わる。
質問の内容だって大雑把すぎる。自分に対してなのか、自分の配偶者や恋人(この場合は浮気)に対してか。心の中ではダメだと思っているけどチャンスが目の前に来たらしてしまうのはどっちに入るのか。そもそも不倫とはどの時点のことを言うのか。好きな子がいれば不倫なのか、手をつないだら不倫なのか、セックスすれば不倫なのか・・・。基準だってあいまいだし自分のことではなく人のこととしてどう考えるかでもかわってくる。
そして、何よりもその答えを出した人が正直なことを言っているかどうか、だ。一般的にはまだ認められていないから「ダメ」だとしておこう、肯定したら自分がしている、望んでいると思われてしまうから「ダメ」にしておこう。社会を不倫できる雰囲気に持っていきたいから自分はしていないししたくもないけど「いい」で答えよう。答える側だっていろいろ思惑はある。
無記名ならば、まだ正直なことが書けるかもしれないけれど、メールだと自分の回答が分かってしまう。たとえ「回答はいっさい他には用いません」などと書いてあったとしてもそんなのは何にもならない。データとして残っている限りどんな形で表に出てくるか分からない。それに見えないところでデータが蓄積されて、色々なアンケートに答えていくうちに、一人一人のファイリングがされてしまう。
実際の話として、図書館で本を借りるとそのデータは蓄積されていく。そして、猟奇的な犯罪が起こった時、魔術の歴史やその類いの本を多く借りている人をピックアップする、なんてことがある。
ネット販売でも同じことがいえるのだ。いつ誰がどんなものを購入しているのかすべてデータとして残るのだ。爆薬の材料にできる薬品をいくつか別々のサイトで購入する。そして爆破事件を起こす。調べる側としては購入履歴を洗いだし、関係しそうな人を絞り込んでいく。SF映画に出てきそうなんだけど、携帯電話の着信記録やログを調査できるのだから、そのぐらいのことは簡単だ。
アメリカではもっとすごい。世界中で無数にやり取りされている電話での会話や通信データをすべて監視し、犯罪に関係する単語が出てくるとピックアップして、それが犯罪に結びつくかどうか追跡(情報発信者の尾行)を行うシステムが稼働中だ。ここで「爆弾」という言葉を何回も使用したら、僕だって追跡のブラックリストに載ってしまい、監視が強化されることだってあり得るのだ。
そんな世界になってきている。アンケートに答える時ってそういうことを考えてしまう。自分がこれまで答えてきたバラバラなアンケートや発進したデータが、個人情報としてつながって集積した時、はたしてどんな自分になっているのか。
【不倫】に対して「いいです」と答え、【速度違反】に対して「いいです」と答え、【目的のためには手段を選ばない方か】に対して「選ばない」と答え、【オークションでは必ず落札しますか】に対して「落札する」・・・。バラバラな場面で答えていていくと、それほどでもないかもしれないけれど、それがつながると、この人ってどういう人?ってことになりかねない。
そんな心配したら、たわいもないアンケートだってうっかり答えられないのだ。だから、逆にアンケートの数字なんて何にも信じられない。80%という数字の中身がなんなのか知らなければならないのだ。
もしかすると中にはアンケートを取ったというのは嘘で、適当に数字を掲げているものだってあると思う。筆者の都合のいい数字を書く。ようはでっち上げだ。医薬品の臨床検査などではチェック機能が充実していたとしてもねつ造が発覚したりする。チェック機能などなにもないネット上の文にどれだけの信頼性があるのか。数字を上げてなんだかんだと言っている記事を見るとうんざりしてしまう。
残念ながら、現在、そういう数字が先行する世の中になってしまっている。そしてそれを鵜呑みにしてしまう人が多いんだと思う。多いからそういう数字を載せるのだと思う。そうして世界の流れができていく。
「数字に弱い」っていうのは、数学的なことじゃなく数字の裏に何があるか見ることができるかどうかなんだと思う。数字として表されるのが光の部分で、その裏にも目を向けることができるかどうかなんだと思う。